菜園長屋®
クリーク・アンド・リバー社(C&R社)の建築事業部は、建築士を支援する様々なサービスを展開しているが、そのなかの一つに、同社に登録した設計事務所、建築士などと建築プロジェクトの総合的なプロデュースを行い、双方の価値を最大限高める「3+(ミタス)プロジェクト」がある。このほど、その第4号案件として、東京都大田区に「菜園長屋」が誕生(クリエイティブレジデンスシリーズとしては第2案件)。地域の魅力を高めるべく、旗竿敷地を有効活用するとともに居住物件としての付加価値を上げる〝屋上菜園付きテラスハウス〞という画期的なコンセプトが話題を集めている。大都会にありながら野菜づくりを楽しみ、獲れたて野菜を味わえる稀有な物件だ。そこで、本物件の設計を担当した吉村靖孝建築設計事務所に、設計のポイントや成果について話を聞いた。
〝地域を日本一住みたい街にする〞付加価値を求めて
「菜園長屋」は、京浜急行線「雑色」駅近くの住宅地に立つ、木造3階建て、トリプレット形式による2LDKのテラスハウス6戸で構成された長屋だ。最大の特長は、屋上に設けられた〝段々畑〞状の菜園。6戸の真上にそれぞれ8畳相当の菜園が区画されており、住人同士が各戸の菜園を行き来してコミュニケーションを図ることができる。
「栽培作業の合間に、お互いの作物の状況などについて会話するなど、コミュニティの核としての機能も期待して企画しました」と、吉村靖孝建築設計事務所の代表、吉村靖孝氏は言う。
竣工までの経緯は、次のとおりだ。2015年の初頭、「所有地の一部に自宅を新築し、残りの土地を売却したい」との意向を、所有者が株式会社メイショウエステートに持ち込む。同社は、大田区西蒲田に本社を構え、〝地域を日本一住みたい街にする〞をビジョンに掲げる不動産会社である。
当該土地は、189㎡の旗竿地であったため、同社は「一般の人が手を出しにくい形状と大きさの土地」と判断。一旦自社で購入して集合住宅を建設し、賃貸運用実績を挙げてから売却することを決めた。同社の本業はあくまでも賃貸管理業であり、物件自体は地域の方々に還元し、地域全体を活性化させたいとのポリシーからである。
「地域の魅力を高めるためには、付加価値ある物件にしなければならない」と考えた同社は、全国賃貸管理ビジネス協会を通じて知っていた、同協会とC&R社の建築事業部が運営している「3+(ミタス)プロジェクト」に着目、提案を求めることにした。
C&R社の建築事業部は、施主のニーズをヒアリング後、得意分野や年齢層など適任と思われる3名の建築士を選出し、コンペへの参加を要請。15年9月にプレゼンテーションが行われ、吉村靖孝建築設計事務所の提案が選ばれた。「吉村氏のプラン全体が総合的に評価された」とC&R社建築事業部の鈴木謙一氏は言う。
敷地面積の狭さを最大限カバーする数々のアイデア
数々のアイデア設計の経緯やポイントについて、吉村氏は次のように説明する。
「旗竿敷地は、東京都建築安全条例により、賃貸住宅をつくる際、全戸が外通路に直接出られる長屋にする決まりがありました。とはいえ、施主の『長く住みたくなる魅力ある住宅にしたい』との要請に応えるためにも、コミュニティを形成する共用スペースが必須だと考えた結果、共用部には当たらない屋上に着目したのです」
屋上を活用して住人同士がコミュニケーションを楽しめる空間を設計し、本物件の付加価値要素とした。しかし、この段階ではまだ菜園のアイデアは生まれていない。住居部分のトリプレット形式は、1戸あたりの敷地面積の狭さから着想している。
「3階分の内階段を日々上下するのは、意外と負担になります。そこで、各階の踊り場部分にキッチンやクローゼット、洗面所などを設けることで、階段を上下する感覚をできるだけ軽減させようと考えました」
ちなみに、そのクローゼットは珍しい〝ウォークスルー〞形式だ。
「ウォークインのように囲うと、クローゼットとしてしか使えなくなるうえ、奥行きがなくなります。隠したい時だけ、カーテンレールをつけて囲うことができる。用途を限定せず、住む人の生活スタイルによって自在に使えるようにしたかったのです」
天井が高いとそれだけ階段を上下する距離が増える。そこで、天井はギリギリの高さに抑えつつ、階段の角度を微妙に調整した。また、部屋の両側の壁部分を隅々まで見とおせるようにし、部屋を広く見せる工夫も。さらに、同地が羽田空港や新幹線品川駅からほど近いため、〝民泊〞に供して収益可能性を高めるアイデアも盛り込んだ。
結果、吉村氏の〝至れり尽くせり〞のプランを施主は選択。しかし、その後に問題が生じた。吉村氏は当初、RC造を考えていたが、詳細の予算を詰めていくなかで、資材費の高騰などにより、予算がオーバーすることが判明。木造への変更を強いられることになる。
「強度の高いRC造と違い、木造の場合は構造面や防音、防火対策など一挙に制約が増えてしまいます。そこで再度頭をひねることになりました」
木造による制約を逆手に、プラスの要素を打ち出す
まず、屋上。RC造であれば、屋上を使う際の音も気にならないと踏んでいた。しかし、木造だと騒音問題が起こる可能性がある。そこで浮かんだのが菜園のアイデアだった。
「斜線制限で屋上部分は階段状となり、日当たりも確保できそうでした。だったら〝段々畑〞はどうか、と。畑ならば、基本的に自分の部屋の屋上部分だけが使用スペースとなるため、騒音問題はクリアできます。一方、栽培や収穫を軸にした住人同士の会話が生まれ、コミュニティ機能も付加できる。そもそもこの規模の集合住宅に屋上菜園があるケースはほとんど聞いたことがなく、話題性も高いと考えました」
菜園の底部は、プール状にFRPを塗布し、水漏れを防止。その上に、スコップで傷つけないようにするためのシートや、水はけをよくするシートを何層も重ね万全を期している。
「菜園への土入れは、本来、入居後に住人が行う作業ですが、菜園ができていないと物件としての魅力を打ち出せないと、我々で行うことに。風でも飛びづらい土を選ぶなど、想定外の業務でしたが、勉強になりました」とは、主に渉外業務を担当した、吉村靖孝建築設計事務所の建築士、前田信彦氏。
屋上菜園下のバルコニー部分は、水道や電気が使えるようになっており、栽培作業の準備はもちろん、ここでバーベキューも楽しめるようにした。バルコニーと菜園部を分ける柵には丸太を取り付けて、山や森にいるかのような雰囲気を演出している。
一方、居室に関しては、隣の騒音が伝わらないよう、床材を一部屋ずつ切り分けるよう配慮。また、1階部分の窓は床から天井までの高さを取って、外通路を住人などが通る気配を感じ取れるようにした。構造面では、強度の確保と意匠性を勘案し、市松状に窓を配するファサードに。結果的にセンスを感じさせる、建物の特徴的なデザインに仕上がった。
「木造による制約を逆手に取って、それらをしっかりプラスの要素に変えることができました。自分たちにとっても意義あるプロジェクトとなりました」と吉村氏は語る。
「物件完成後に、施主さんから、『いつか住民の方々と収穫祭をやろう』と提案をいただいており、大いに満足されているようです」とは、C&R社、鈴木氏の談。竣工前に開催したオープンハウスに訪れた30代の夫婦が「菜園のある物件を探していた!」と入居を即決するなど、内見の申し込みが続々と入っているという。「デザイナーやアーティストなど、こだわりのある職業の見学者が多いようです」と前田氏。
最後に、吉村氏に「3+(ミタス)プロジェクト」に参加した感想と本プロジェクトの意義について聞いた。
「建築家は、総じてプロモーションや営業が得意ではない人種です。建築誌に作品を掲載してもらい、その反応を待つという方法がもっぱら。そういった意味で、このように、施主のニーズとつないでくれるシステムは大変ありがたいと思っています。日本には、建築士の有資格者が約110万人います。一方、人口が半数のフランスは約3万人です。人口比で日本はフランスの18倍もの建築士が存在しているということ。その多くが、個人もしくはうちのような小さな事務所で活動しています。無駄な競争、無駄な時間を軽減するという意味で、私は、例えば〝株式会社建築事務所〞というような組織、ネットワークをつくり、設計以外の仕事をそこに集約できればいいと思っています。ぜひ、C&R社さんには、そのような機能も担ってもらえるよう期待したいですね」
物件概要
物件名/大田菜園長屋
所在地/東京都大田区東六郷3丁目5番
構造/木造3階建て(6戸)
敷地面積/189.35 ㎡(57.38 坪)
建築面積/104.34 ㎡(31.62 坪)
延床面積/313.02 ㎡(94.85 坪)
竣工/2017年1月
施主・運営・管理/株式会社メイショウエステート
企画/株式会社クリーク・アンド・リバー社
設計/株式会社吉村靖孝建築設計事務所
施 工/株式会社リクレホーム
撮影/建築写真家 田岡信樹、リノスタ
PROFILE
吉村靖孝
1997年、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。
99~200 0 年、文化庁派遣芸術家在外研修員としてM V RD V(オランダ)在籍。
01年、SUPER-OS設立。
05年、吉村靖孝建築設計事務所設立。
早稲田大学、東京大学、東京工業大学などで非常勤講師歴任後、
13年から明治大学特任教授。一級建築士。
前田信彦
2009年、芝浦工業大学大学院工学研究科修士課程修了。
12年、ロンドン大学バートレット校修士課程修了。
同年より、吉村靖孝建築設計事務所勤務。
本記事で紹介した「菜園長屋」を吉村氏の下で担当。
一級建築士。